製作の工夫と秘密
高田ハープサロン代表取締役 高田明洋
2004年12月のクリスマスも近いころにケルティックハープをミーントーンに調律することができ、玉木さんに聞いていただくことができました。するとその場で「モーツァルトでCDを作りましょう」と言われ、とても驚きました。それから編曲、録音と進んで半年もかからない内にヴァイオリンとミーントーンハープによる「春へのあこがれ」が完成し、それ以降たびたび演奏会でも使っていただいています。
ハープはディアトニックの楽器です。ピアノでいえば白鍵しかありません。日本で一般的にアイリッシュハープと呼ばれるケルティックハープはレバーを手で操作することによって弦の長さを短くして半音高くすることができます。ですからもしハ長調に調弦すると♯しか作ることができずに♭が出てくる曲は演奏できません。そのため♭3つの変ホ長調に調弦することによって、下の図のような音だけができます。そしてこの楽器では♭3つから♯4つまでの7つの調の演奏が可能となります。1オクターブは7音ですから倍の14の音を作ることができ、D♯とE♭、G♯とA♭という異名同音が作れます。
開放弦の音 E♭ F G A♭ B♭ C D
レバーでできる音 E F♯ G♯ A H C♯ D♯
さて、ミーントーンとは長三度が3:4の整数比による純正な和音を作ることができる音律ですが、この音律が現在まで続かなかった理由は、一つの調律ではすべての調をカバーできないことにあります。つまり曲の調によって調律をやり直さないとならず、すべての調を演奏するには6通りの調律が要求されます。この点が平均律には絶対かなわないところです。しかしケルティックハープは上記の7つの調しか演奏できない楽器ですが、この7つの調は1通りのミーントーン調律ですべての長三度が純正となります。これがケルティックハープをミーントーンにした理由です。 余談ですがグランドハープはダブルアクションといって一つの弦で♭、ナチュラル、♯の3つの音ができますので、1オクターブ7音×3の21音が作れます。これをすべて異名異音で調律できれば鍵盤楽器と違って1通りの調律ですべての調がミーントーンとなります。グランドハープをミーントーンにするのはいつか実現したい私の夢です。
ミーントーンは全音を純正律のように大全音(204セント)と小全音(182セント)に分けずに、その中間の193セントにして386セントの長3度を作ります。このためにミーントーンは中全音律と訳されます。一方で半音は全音階的半音(大半音=117セント)と半音階的半音(小半音=76セント)に分かれます。ディアトニックに含まれる半音(ミとファ、シとド)は大半音に、その他のレバーでできるすべての半音は小半音に調律します。ですからケルティックハープでできるD♯とE♭、G♯とA♭は異名異音となり、その差はD♯とE♭などでは48セントも違ってきます。
ミーントーンハープの作り方は、レバーでできる半音をすべて小半音の76セントにして、あとは開放弦を下図のとおりにミーントーンに調弦するだけです(Aを0セントにするためにこのような数値になっています)。
開放弦 E♭ F G A♭ B♭ C D
セント +20.5 +13.7 +6.8 +24 +17.1 +10.3 +3.4
レバーは手で操作することによってギターのフレットのように弦長を短くしています。ですからレバーでできる半音を76セントにするにはレバーの位置を上にずらして半音を狭くすればいいだけです。理屈は簡単ですが76セントとは平均律の約四分の三しかなく、そこまでレバーの位置を変えるには写真のような改造が必要でした。写真左が平均律のレバーですが、写真右にように削らなくてはならない部品がでてきます。
76セントの半音を作るにはチューナーに頼ります。私が使っているチューナーはアメリカのピーターソンというメーカーのアナログ・ストロボチューナーです。これは0.1セント単位で計測でき、さらに2種類の自分で作ったプログラムをプリセットできます。これでD♯とE♭のような異名異音が別々にセットできる優れたチューナーです。もう一つの優れものはカマックハープです。これはフランスのメーカーですが、従来はフレットの位置がレバーとは別にピンで木部にささっていて、レバーの位置を変えても半音をかえることができなかったのです。しかしカマックはレバーとフレットが一体となっているので、容易に半音が変えられ、さらに微調整できるピンも備えています。ケルティックハープをミーントーンにするアイデアはかなり昔からあったのですが、この楽器でやっと実現できました。
ところで中世には金属弦のハープ(別名クラルサッハ)がありました。この楽器にはレバーがついていなくて半音を変えることができません。アイルランドでこの楽器を作っている人がいて、日本人ハーピストでこの楽器を持っている方がいます。そのコンサートを聞いたことがありますが、金属弦は音の減衰が非常に長く、手で止めないかぎり10秒以上も音が持続します。その奏者は何の疑いもなく平均律で調弦して演奏していましたが、減衰が長いほど和音のうなりがはっきり聞こえ、とても聞くに耐えない和音になり、思わず和音のうなりを数えてしまったほどです。演奏会後にその演奏者に、何で半音操作ができない楽器を平均律で調律するのか、もっときれいな和音が作れる調律方法があるのに、と言って説明を試みましたがまったく問題にされませんでした。ところが今年の4月にアイルランドからアームストロングさんというこの金属弦ハープを弾く人が来日しました。演奏会は聞けなかったのですがお会いする機会があり、調律は平均律ですかと尋ねました。すると「日本でそんな質問をする人に始めて会いました」と驚いて、ミーントーンで調律していると言いました。私の考えが間違っていなかったのがうれしかったと同時に、純正三度はケルト人が発見したという説があるそうですが、ひょっとしたらこの楽器が原因かも、とも思いました。